新年明けましておめでとうございます。
我が家の新年は、写真のうさちゃんとの挨拶で始まった。ベランダからの初日の出に手を合わせ、妻とあらためて新年の挨拶をしてから、お猪口で乾杯してお雑煮を食べる。この流れは、ここ数年続いていることで、我が家のしきたりのようになっている。昨年は、末孫の「そうたん」が風邪でパパの生家に同行できず、娘とともに大晦日から加わっていたので賑わいがあったが、この元旦は、例年通りに二人きりの静かなものであった。
お雑煮を食べて一休みをしてから、東京大仏に初詣に出かける。ほろ酔い気分
で、2キロほどノンビリと歩いて行くのであるが、それはそれなりに楽しいものである。妻とたわいもない話をしながら歩くのも、歳を重ねたせいか、今では楽しい年中行事の1つとなってきている。変われば変わるものである。数年前までは、元旦早々に2キロも歩くなどとんでもないと、ぶつくさ言っていた私であったのに、歳のせいか本当に変わったものだと思う。数十分も並んでお参りするなどは、考えられなかったことだ。
数年歩いていると、街の様子の変化も眼にとまるようになる。あの公園の花壇が変わったとか、植栽が枯れてしまったとか、空き地がマンションに変わってしまったとか、お店がなくなったとか新しくできたとかが眼について、その変わりようを勝手な推測で理屈づけてしまう。相続税が大変だったのだろうかとか、人通りが少ないから経営が成り立たなかったのかな、などとの具合にである。写真は、とあるお米屋さんの店先での1枚である。ここのご夫婦は、お花の手入れを丹念にされている。いつも綺麗に手入れされているので、店先ではいつも立ち止まってしまう。人柄を推し量って、末永いご繁盛をと願わずにはいられない、新春の嬉しくなる1コマである。
正月の2日は、我が家の新春の集い?である。当初は親子4人だけであったものが、今では、婿・嫁・孫を加えた3家族10人の大賑わいである。この春は、全員が健やかに顔を見せ合うことができた。とても嬉しいことである。妻は、大晦日から、この日のための料理造りに大わらわであった。忙しい忙しいとこぼしていたが、集まった元気な顔ぶれを見て、苦労の甲斐もあったと満足げである。
写真は、我が家のおせち料理である。豪華なものはないが、妻の心のこもった料理なので、子どもたちも孫たちもおいしいおいしいと、食べつくしてしまう。その様子を見て、妻は、早くも来年の献立を考えているようだ。妻にとっては、至福のひと時であろうか……。