今年の我が家の春は、ベランダの海棠(かいどう)の蕾の膨らみによって知らされた。
暮れに植栽した菫が咲き誇っても、春の訪れは感じられなかったのに、海棠の蕾の膨らみは間違いのない春の訪れを感じさせてくれた。中途半端な梅の開花からは、中途半端な春の訪れしか感じられなかっただけに、海棠の力強い蕾の膨らみは、我が家にも確実に春が訪れて来ていることを知らせてくれ、冬の心でいた私に一筋の明かりを灯してくれた。(肩の痛みの原因が判明した)
五十肩だとして痛みに耐え続けたこの4か月間、痛み止めの注射やマッサージを続けて回復を図ってきたが、一向にその成果は見られない。痛みが和らぐからと深夜も含めて一日に数回も入浴するが、その入浴も、不自由な着衣の着脱を伴ってそれなりの努力を要し、結果的には一時的な気休めにしかなっていない。とにかく、昼も夜もない痛みとの対決は絶望をさえ感じさせるもので、自分の肩や腕であるのに、その置きどころさえもわからなくなってしまい、取り外したいとさえ思ってしまう。布団に入るこさえも苦痛になってしまい、立ったまま眠れる方法はないかと真剣に考えてしまうほどだ。
MRIによる検査結果は、腱板のうちの一本が断裂しているということであった。痛いはずである。自分は忍耐力に欠けているのではと考えたりしたが、そうでもなかったようである。痛くて当然であったということだ。これで痛みの原因は分かった。それじゃあ----ということになる訳だが----。
説明では、断裂するにはそれなりの要因があったはずと言われたが、私には思い当たることはなかった。何かの拍子に断裂したのだろうとしか言いようがないのだ。筋肉の固まり具合から判断して、かなり以前に断裂した疑いもあるらしい。パソコンや簿記の勉強に集中していた時期に重なるので、集中心が痛みを感じさせなかったのだろうか?
担当医によると、痛みの解消方法は二通りあるということだ。
その1は手術によるもので、身体のある部分の筋を取り出して断裂した腱板をつなぐというもので、術後2~3週間の入院が必要であり、半年ぐらいのリハビリも必要だということだ。そして、手術もリハビリもかなりの痛みを伴うということらしい。
その2は、断裂した状態のまま筋肉強化のリハビリを続けることで、断裂した部分をカバーできる状態を作り上げる方法だということだ。但し、その期間がどのくらいに及ぶのかは分からないという。もちろん断裂部分の治癒はできないそうで、元の状態に近づけるのが目的でしかないということである。
今、私は、その2の方法を選択してリハビリに励んでいるのだが、痛みは増す一方で、満足にリハビリも行えないでいる状況だ。そこで、リハビリ担当者とも話し合い、手術もやむなしとの結論を出そうとしている。本音は、手術なんかはしたくはないのである。でも、見通しの立たない状態が続くのも困るし、昨年のスキルアップ努力(パソコン・簿記)も生かしたいので、一日も早い回復が必要でもあるのだ。
手術は嫌だ。でも、このままはもっと嫌だ。----あ~あ~である-----。