(神代植物園の桜 3/31) |
隣接の深大寺には多くの観光客が訪れていた。海外からの花見客も多く、古刹と茶店の組み合わせに古えの日本を偲んでいる様子であった。この時季(約一ケ月間)、桜前線の北上によって日本中が春を楽しむことができる。誰もかれもが、この花の饗宴に酔いしれるのだ。異常気象云々が叫ばれているが、自然はそれなりにありのままに恩恵を与えてくれる。その最たるものがこの桜の日本縦断である。
桜といえば、わが日本の象徴的な花でもあるが、昔からその散りぎわの潔さからか、武士道にも比喩されてきた。先の戦争では、「……咲いた花なら散るのは覚悟……」などと、国家に殉ずる役割にさえ利用されて、死を美化させるお膳立てとされてきたのだ。
この美しい桜が、ここにきて再びきな臭いにまみれようとしている。国際貢献のためとか、積極的平和外交とかの美名に隠された、侵略国家への変貌の危機にさらされているのである。そして、その徽章として利用されようとしているのである。
1強に驕る自民党と政権にしがみつくことを本命とする公明党は、国民を無視して集団的自衛権をなし崩し的に合法化させようと画策し、戦争への道をしゃにむに進もうとしている。恥も外聞見なく経済復興が第一とばかりに、私たちの命の重みを危うくし始めているのだ。
強引に推し進められる怪しげな法制定の数々は、国民の目を本質からそらさせるために字句の修正をもってごまかそうとしている。不謹慎極まりない政治家どもである。世が世であれば、天誅といったところであろうか。
誇るべき桜が、死を美化する道具とされないように、目を大きく光らせねば……。
自然のままに桜の美しさを楽しみ、我が国の誇るべき花として永久にに愛でることができるように頑張らねば……。
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