(鬼怒川温泉街の小公園からの遠望) |
逸りすぎたのか、車での到着は予定時間よりも2時間半も早かった。そこで、日ごろは帰郷の際の通過点となっていた温泉街を巡り歩くことにした。写真は、散策のために何ケ所か用意されていた公共駐車場(小公園)で、新設間もないようでとても綺麗に管理されていた。
温泉街を流れる鬼怒川に架けられている橋を渡り歩くのが、散策のポイントであるようだったので、私も公園に車を止めて急坂を上り下りして歩いた。吊り橋もあったりして、そこからの眺めは、峡谷とホテルとの対比が面白く、それなりに楽しめるものであった。特に、モミジの真紅と白い岩石、流れに映える水面の照り返しなどはシャッターを押さずにはいられない組み合わせであった。
峡谷の趣きに対して、裏通りの温泉街は世相を反映してか、侘びしさだけを感じさせるゴウストタウンの様相を呈していた。せっかくの散策も、その楽しみが半減されてしまった思いである。閉じられたままのホテルや土産物店からは、この温泉街の実情を知らされた思いもした。昨年の大震災・原発事故は、この温泉街にも更に暗い影を投げかけてしまったようだ。
散策を終え、ホテルに入ってから懐かしい顔を見つけた時には、瞬時に小・中学生時代の心に戻っていた。そして、数人に声をかけて近づくと、彼らは65歳の年齢を感じさせない若々しさを発散させていた。その若々しさを感じた時に、私は、「自分だけがジジイになってしまったのではないか」と変な妄想にとらわれてしまった。それだけ、自身の変貌ぶりを気にしていたということであったらしい。歓談の中でその話をすると、「頭はそれなりに薄くなったようだが、まだまだ若々しいものだ」と慰めてくれた。正直、ホッとした思いがしたものである。
一風呂浴びてからの宴会は、予想通りの楽しいものであった。 ―2に続く……。
(吊り橋から上流を臨む) |
一風呂浴びてからの宴会は、予想通りの楽しいものであった。 ―2に続く……。
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