2016年6月5日日曜日

「だんだん自分が遠くなる。」

(住民が手入れしている団地内の花壇―6/2)
「だんだんお家が遠くなる」とは、童謡の一節であったか。最近、物忘れが激しいので、照れ隠しに「だんだん自分が遠くなる」などと口ずさんでいる。とにかく、その物忘れの頻度が激しく、妻からは「晩御飯に何食べた?」などとからかわれたり、「食べたことさえ忘れてなければ、まだ平気よ」と慰められたりもしている。TVではないが、「どうしたもんじゃろのう]の心境だ。

5/23に、「7秒の記憶」と言う投稿をして、まだまだ頑張らねばと自分を励ましたばかりなのだが、直近の記憶力の悪さには、驚きもし呆れ返ってもいる。正に「だんだん自分が遠くなる」状態なのだ。ちょっと怖いが、一度病院に行って診察を受けてこようかと考えている。

実は、5/23からこの投稿日までの間に、2度投稿 (5/31、6/2) したのだが、下書きに戻してしまった。幸いにして閲覧者がなかったから良いようなものの、大恥をかくところであった。

5/17から、ツイッター を再開しているので、最近の政情などについて呟くことが多くなっている。年甲斐もなく、結構きつい呟きを発することも多く、反応のあるなしにかかわらず、自己満足的に言いたいことを呟いている。もちろん、いい加減なことや誹謗中傷めいたことは呟かない。自分はネトウヨ等とは違うとの矜持を持っているからだ。でも、どうなのだろうか。気短から、カッカとして参戦しているのが本当かも。

(花の種類も多くきれいな花壇だ―6/2)
5/23~6/4までの間には、いろいろな出来事が多くあって頭の整理も大変であった。だんだん遠くなる自分を戻しながらのツイッターなのだから、判断力の鈍ることもしばしばであった。歳のせいとは言いたくないが、もどかしいこと限りなしである。

沖縄での悲劇、伊勢志摩サミット、オバマ氏の広島訪問、マスコミの舛添叩き、国会閉会、甘利の不起訴、定例都議会の開始、参議院選への突入と、心波立たせられる事案が多く、安倍への怒りや憤懣は頂点に達していたと言ってもいい。こうしたおりの呟きや投稿がどんなものか、ご想像頂けると思う。まして、安倍内閣の支持率が上昇したなどと報道されては、じっとしてなどはいられなかった。

下書きに戻した投稿は、2回にわたるもので、原稿用紙に直せば数十枚分と長かったが、一気に書き上げた。安倍内閣の支持率が高いことの理由についてを、「日本会議」との関係から、激情のままに書き綴ったものだ。が、冷静になって読み直してみると、いくつかあいまいで不正解な記述が見られた。で、あわてて下書きに戻してしまった。いつかは、不正解な部分を書き改めて、再投稿したいと考えている。

「だんだん自分が遠くなる」を実感しつつ、いつまで投稿を続けられるだろうか、いつまで冷静に自分の思いを呟き続けられるだろうか、と、しみじみ考えている夜明け前なのだ。

(* 下書きに戻した2件の投稿は、6/9に再投稿した。)



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