2016年4月16日土曜日

異常なり、天地人!

(咲き誇っているシクラメン-4/15)
3月の初めに咲きだしたシクラメンは、今が見ごろとなっている。我が家では、このシクラメンを「高田シクラメン」と呼んでいる。妻が退職した際に高田さんという元同僚から頂いたからだ。

この「高田シクラメン」は、頂いてからも毎年(数年)律儀に咲いてくれている。水をやるぐらいでたいして手入れもしていないのだが、美しく咲いてくれるので、我が家の一寸した財産になっている。自然のたくましさか、高田さんの真心の賜か、とにかくありがたい。

自然と言えば、ここのところのその異常さには驚かされてしまう。天地ともに狂ってしまったのではないかというぐらいの異常さだ。政治も狂っているから、天地人の全てに異常をきたしているということか。

熊本・阿蘇・大分を震源とする大地震は、かって観た[日本沈没]を想起させるものだ。5年前の東日本大震災は、人も建物をも流しつくしたが、大地そのものまでは破壊し流しつくさなかった。だが、今度の地震は違う。大地そのものを破壊し尽くそうとしているかのような、壊滅型とでも呼べそうな地震だ。この地上に、人間の住むことを拒んでいるかのような荒れようである。このままでは、九州を南北に分断される心配も出てくるのではなかろうか。大げさかもしれないが、天地に異常をきたしているさなかでは、何が起こるかわからない。現実に小笠原では新島もできている。

歴史好きの私には、熊本城に対しての思い入れは深い。清正の心情はともかく、この城に秀頼を 匿って徳川と対峙したらなどと、よく空想にふけったものだ。その熊本城が、惨憺たる姿をさらしている。あの堅固を誇った武者返しの石垣も、威容を誇った天守閣や多くの櫓も、今では見るに堪えない姿となってしまっている。多くの犠牲者の出ている大災害中に、お城を云々するなど不遜であるかもしれないが、私には、熊本城そのものが悲鳴を上げているとしか思えないのだ。助けてくれと叫んでいるとしか思えないのである。

こうした甚大な被害の進行中に、とんでもないことを言い出しかねない輩もいる。「だから(こうした厄災があるから)、憲法に緊急事態条項が必要なのだ」と独裁体制づくりに震災を利用しかねない輩だ。異常をきたしている天地人の人(政権)の輩の考えることは、私には到底理解できない。大震災さえも利用しようとして憚らないのだから。でも、言っても無駄か、あの御仁方には-----。


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